早朝バイクを走らせ、姫路市の御着城へ

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まだ街が静かな早朝、バイクを走らせて向かったのは、兵庫県姫路市にある御着城跡(ごちゃくじょう)です。

今回の目的地は、姫路の歴史を語るうえでも欠かせない場所のひとつ。戦国時代、この地を治めた小寺氏の居城として知られ、そして何より、後に黒田官兵衛として知られる黒田孝高とも深い関わりを持つ城です。

日中は厳しい暑さが続いていることもあり、今回は早朝に出発。朝の涼しい時間帯にバイクを走らせ、御着城跡を訪ねました。バイクでの道中も、城巡りの楽しみのひとつです。

小寺氏の居城・御着城

御着城は、現在の姫路市御国野町御着周辺に築かれていた城です。戦国時代、この地域を支配していたのが小寺氏で、御着城を拠点として勢力を広げていました。

そして、この御着城と深い関わりを持つ人物が黒田官兵衛です。官兵衛は黒田氏の家臣として小寺氏に仕え、智略に優れた武将として頭角を現していきます。

官兵衛の父・黒田職隆も小寺氏に仕え、御着城の城代を務めたとされています。御着城は、黒田官兵衛が戦国武将として成長していく過程を考えるうえでも、非常に重要な場所なのです。

黒田官兵衛ゆかりの地

黒田官兵衛といえば、豊臣秀吉の天下統一を支えた軍師として知られています。しかし、最初から秀吉に仕えていたわけではありません。

播磨の国人領主であった小寺氏に仕え、その後、織田信長と毛利氏が対立する播磨の情勢の中で、官兵衛は織田方につくことを小寺氏に進言します。この決断が、後の官兵衛の人生を大きく動かしていくことになります。

御着城跡を歩いていると、華々しい戦国武将としての黒田官兵衛だけではなく、まだ一人の武将として歩み始めた頃の官兵衛にも思いを馳せることができます。

御着城跡を歩く

現在の御着城跡は、当時の城郭がそのまま残っているわけではありません。城跡周辺には住宅地や道路などが広がっていますが、史跡として整備された場所からは、ここにかつて城が存在していたことを感じることができます。

城跡には御着城の歴史を伝える案内板や石碑などもあり、往時の姿を想像しながら散策することができます。

大規模な石垣や天守が残る城とは違い、こうした城跡では、わずかに残された地形や案内を手掛かりにして、かつての城の姿を想像するのも楽しみのひとつです。

「ここに小寺氏の居城があった」と考えながら歩くと、現在の静かな風景の中にも、戦国時代の歴史が重なって見えてきます。

御着城から感じる戦国時代

御着城があった播磨は、戦国時代に大きく揺れ動いた地域です。織田信長の勢力が西へ進み、毛利氏との対立が深まるなか、播磨の国人たちは難しい判断を迫られました。

小寺氏もその渦中にあり、官兵衛もまた、その政治的・軍事的な情勢の中で活躍することになります。

やがて官兵衛は豊臣秀吉のもとで才能を発揮し、天下統一事業を支える重要な存在となっていきます。その原点のひとつともいえる場所が、この御着城なのです。

早朝の城巡り

今回は、早朝にバイクで訪れた御着城。まだ暑さが本格的になる前ということもあり、気持ちよく散策することができました。

特に夏場は、日中の厳しい暑さを避けて早朝に出発することで、城跡をより快適に見て回ることができます。

有名な天守や立派な石垣が残る城だけではなく、こうした城跡を訪ねることで、地域に残る戦国時代の歴史を身近に感じられるのも、城巡りの魅力です。

おわりに

今回訪れた御着城跡は、現在では静かな街の一角にあります。しかし、ここには小寺氏の居城としての歴史があり、そして黒田官兵衛の若き日の物語があります。

普段何気なく通り過ぎてしまいそうな場所にも、調べてみると興味深い歴史が残されています。

早朝のバイクツーリングを兼ねて訪れた御着城。黒田官兵衛ゆかりの地として、改めてその歴史を感じることができました。

次はどの城へ向かおうか――。そんなことを考えながら、御着城を後にしました。

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